・文体の勉強したいと思っている
・純文学を読んでみたいけれど、何を読もうか決まらない
・お手本になる名文を探している
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』はどんな本?
タイトルそのままの本で、文豪たちの文体を模写し、各著者ごとにカップ焼きそばの作り方を説明するという、ユニークな一冊です。
本書は『めんどくさがりなきみのための文章教室』に紹介されていて、個人的にずっと気になっていた本です。
『めんどくさがりなきみのための文章教室』にも、『プロだけが知っている 小説の書き方』にも共通して書かれていたことですが、書く力を上げる為には、より多くの小説を読む必要があります。
楽しくさらっと読めて、各作家たちへの興味が深まる本書は、間違いなく文章力アップに一役買ってくれる一冊だと言えるでしょう。
この本は、軽く読んではははと笑って、ページを閉じた瞬間に全てを忘れるような本を目指して書かれた。
世の中には様々な文体があり、どの作家も自分だけの文体を確立しようと腕を磨いている。作家とはそういうものだ。そこに意味はない。元来の性分で、そうしてしまうのだ。この本を読んで、その一端でも感じてもらえたら嬉しい。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
初めにで、村……ではなく菊池良さんが言われている通り、各作家風の文体をライトに楽しめる一冊が本書です。
太宰治さんや芥川龍之介さんといった、有名な文豪はもちろん、現代の小説家の村上春樹さん・百田尚樹さん、海外の小説家のコナン・ドイル・ドストエフスキーなど、多彩なラインナップです。
しかも、全て「カップ焼きそばを作って食べる工程」という、わかりやすい内容となっています。
長くても2ページほどの長さなので、表現こそ十人十色ですが、小難しさもありません。何せカップ焼きそばを作っているだけなので……笑
今回は、本書の中で特に私が好きな文体の作家さんを紹介していきます。
この本の著者
神田圭一さん
週刊誌の記者・お笑い雑誌の編集部・ニコニコ動画のニュース部門記事担当を経て、フリー記者として活動している方です。
今回紹介した『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』は「もしそば」旋風を起こして大ヒット。続編として『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』と合わせると、シリーズは累計17万部以上のベストセラーとなりました。
2021年には、今回の著書でタッグを組んでいた菊池良さんとともに『めぞん文豪』原作者としてもデビューされています。
菊池良さん
著者が学生時に公開した、ウケ狙いで作ったサイト『世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ』がヒットし、50社以上から面接を申し込まれ、就職に成功した、という異色の経歴を持つ方です。
その後、『世界一即戦力な男』は書籍化・ドラマ化され「逆就活」として大きな話題を呼びました。
個人的に、このサイトはぜひ見てもらいたいです。非常に凝ったサイトデザインでありながら、全てがユーモアに溢れていて、この時から既に卓抜した才能があった方なんだなぁと感じます。
その後転職を経て、フリーランスとして独立をされ『芥川賞ぜんぶ読む』の出版や、神田圭一さんと共に、漫画原作社としてもデビューされました。
おすすめ
江戸川乱歩 『二銭焼きそば』
ビビビ……と骨の髄に響くような音を立てて、蓋が開き、ぽっかりと口の開いたその容器の中に、乾燥麺が横たわっています。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
とても読みやすい文体ですが、やけに仰々しい言葉のチョイスにちょっと笑ってしまいました。
原著は推理小説なので、内容は複雑なのかも知れませんが、実際はどんな物語で、どんな文章なのかがかなり気になる作品です。
『骨の髄に響く様な』だとか『湯を葬ってしまいましょう』果ては『蠱惑を伴った味』といった、およそカップ焼きそばとは無縁そうな過激な表現がちょっとクセになってしまいます。でも大体言っていることは合っているので、著者の方の表現の光るところでもあると感じました。
西尾維新 『食物語』
シンクの上にある戸棚を開いた瞬間、中からカップ焼きそばが落ちてきたのだ。僕は咄嗟に受け止めるとーー最早これを食べなきゃいけない運命なんだろうと覚悟した。畜生。なんて足元のすくわれ方だ。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
個人的に読んでいてかなり楽かったです。大変恐縮ながらまだ読んだことがないのですが、他の小説に比べてかなり濃い文体であることがすぐに伝わってきました。
独特のテンポと物語の展開をなさる作者さんで、どっと笑ってしまうようなコミカルさと言うより、至って真面目にふざけている(褒め)シュールな笑いを誘ってくる文体のようで、大変興味が湧きました!
三島由紀夫 『仮面の焼きそば』
その麺は黄金に輝いていた。私はその官能的とも言える美質に感動を覚えながら、麺に接吻をした。そして唇を開き、一気に啜る。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
私は三島由紀夫さんの著書は一つも読んだことがなく、ご本人についても「ムキムキ」「漢って感じの風貌」「どうやら特殊な性癖を持っているらしい……?」「自裁した」くらいの知識しかありませんでした。
なので、あまりにもカップ焼きそばを作る過程の、背徳感あふれる表現や美しくもあって悩ましい表現に衝撃を受けました。「ちょっと思っていた三島由紀夫像と全然違う文章なんだけど……!?」と。
この著書を読んでいて、思わず途中で三島由紀夫さんの著書や経歴を調べてしまったくらい、はまりました……。
焼きそばが生み出してくれた、思いもよらぬ出会いです。この出会いを機に、原著は必ず読もうと決めました。
谷崎潤一郎 『痴人の焼きそば』
このようなコンヴィニエンスな即席食品は文化住宅に暮らすサラリー・マンの味方です。カフェエエに行って洋食を喰べるよりも遥かに話が早いのです。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
原作同様の独特な横文字の使い方に、冒頭から思わずクスッときてしまいました。中盤あたりまでは谷崎さんらしさはまだまだ出てきていないので「このまま普通に焼きそばを作るのか……?」と思わせるのですが、後半になるにつれて、雲行きが怪しくなってきます(隠しきれない嗜好的な意味で)。
そして期待を裏切らず、後半ではいよいよ彼らしさが一気に増してきます。
予想はしていたものの「あんたは36年何をしとんねん!」と、原作よりも特殊すぎる嗜好に突っ込みたくなる内容となっていて、とても楽しかったです。
川端康成 『伊豆の焼きそば』
私は眼を光らせた。ソースをかけねばならない。焼きそばの肌が汚れるのであろうかと悩ましかった。ソースをかけ、麺を荒々しく掻き回した。容器が冴え冴えと明るんだ。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
目次で名前を見つけた時から、いちばん読むのを楽しみにしていた作品です。
改めて読んでみると、ところどころ原作からの引用があったりして、あの場面をこういう流れにするのか!と違った読み方ができます。何度も読んでいる作品なので、やや文体が誇張されている感じ(例えるならモノマネのコロッケさんみたいな)はありますが、原作を見返してみると確かにこう言うテンポの文体だ!と納得のクオリティでした。
改めて川端康成さんの美しくて幻想的な表現が好きだなぁと実感です。
面白ポイントとしては、ベースが『伊豆の踊り子』だからこその、ハイレベルすぎる主人公のピュアさと感性の豊かさです。カップ焼きそば食べてそんなんなる!?って誰もがツッコむことでしょう……!でも私はそんなところが好きです。
小林多喜二 『焼きそば工船』
かじかんだてがビク、ビクと顫えている。蛇口を捻ってザアザアと薬缶に冷ッこい水を入れると、火にかけてボコボコと沸騰し出すのを待った。
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 神田桂一、菊池良 宝島社
オノマトペが多いからなのか、臨場感や勢いがぐんぐん伝わってきます。
極限の空腹状態の中、いっきにかき込む麺の感覚が、自分の頭の中にも蘇ってくるようでした。
読み終えて、いちばんカップ焼きそばを食べたくなる衝動に駆られたのは、小林多喜二風のカップ焼きそばの作り方です。
私が好きになる文体とは全く異なる傾向の文豪さんですが『蟹工船』がどんな作品なのか気になる没入感でした。
(ですが、焼きそば工船とは違ってもっと過酷な状況が描かれていると思うと、原作を読むのが少し怖くて尻込みしています……。勇気が欲しいです)
おわりに
なかには参考となっている著者の独特の言い回しやあえての回りくどい表現などがありますが、そんなところを比較しながら読むのが醍醐味な一冊です。
カップ焼きそばを作っているだけなのに、感情が激しく揺さぶられる文体の方もいれば、艶かしく表現される方、事件でも起きそうな表現など、世界観が違って見えるので楽しいです。
また、改めて自分の好きな文体がわかってきましたし、思いもよらない書き方に興味を惹かれたりもしました。
私の場合は、著書を読んだことのある作者さんが川端康成さんと谷崎潤一郎さんしかいなかったので「食わず嫌いせずに、もっと早く知っておけば良かった!」と思ったくらい、参考になりました。
そして、後半は本当のカップ焼きそばの書き方がひたすら書かれているという遊び心全開の内容となっています。これはこれでめちゃくちゃ楽しそうで、読んでいると不思議とカップ焼きそばが食べたくなる魔法にかかりますので、本書を手に取った際はぜひ最後まで読んでいただき、カップ焼きそばを食べていただきたいです 笑